井の頭公園のお稲荷さんの会

 

9月の終わり、井の頭公園のお稲荷さんの会という集いにお邪魔しました。

吉祥寺にある喫茶店でお会いした妖怪の加藤さんに怪談探書宴へ出店していただいたお礼をする目的もあり、ふらりと雨のふる井の頭公園へ訪れその会に合流させていただきました。

公園近くのカフェから出てきた皆さん、何やら興奮気味で、非常に濃い内容のお話し合いをされていたようです。二軒目のカフェで皆さんから井の頭公園のお稲荷さんにまつわるお話を聞きました。

f:id:fuyuhatsutomete:20171110005304p:plain


わたしの場合、井の頭公園は、中学生の頃から自転車やバスで何度も通い、苦い思い出も温かい記憶もたくさんある場所。すこし身体が無理を続けたときは、昼頃からここに繰り出してぷらぷら大道芸を見たりおしるこを食べたり、帰りに駅前で本や着物を買ったりなどすれば贅沢な気持ちです。
ところが、はてな、このお稲荷さんのことは火事に遭う前の記憶があまりありません。むしろ、その後喫茶店で加藤さんのお友達が描かれたお稲荷さんと狐さんの絵を見て「ああ、そういえば...そんな火事があったかな...」と思い出したくらいでした。


この会に来られていたタケイチさんという女性が非常に丁寧に井の頭の郷土資料を調べて資料を用意されており、その資料をいただきました。

そのむかし、この一帯は、牟礼村と呼ばれた地域の一部でありました。
徳川家康がこの地の湧き水を茶の湯に使ったことで、ここから神田上水が敷かれたという、幕府にとって大切な池。江戸城に引く水が枯れないようにと水加持が行われ、社も建立されました。
 
1655年〜1658年のものと思われる「牟礼村古地図」にはすでに「いなり」が描かれています。

f:id:fuyuhatsutomete:20171110012558j:plain

▲タケイチさんの持ってこられた資料の一部。出典『写真集みたかの昔』三鷹市教委

江戸城に水を送る大切な場所としてお稲荷さんに守られてきた立派な湧き水。人に大切にされている自然はこの世に大なり小なり幾つもありますが、井の頭の自然は特に、由緒正しい歴史の上にあるのだと襟を正された気持ちになりました。
 
それだけ長い信仰のあった井の頭のお稲荷さん。きになるのは、果たして、なぜ火事に遭ってしまわれたのかその理由...。もし誰かがわざと...などと、二軒目のカフェでみんな少し暗い気持ちになりかけましたが、そこは妖怪の加藤さんの音頭で、ぜったいに誰かを責めるのはよそう、ということで一致しました。
 
実際に、タケイチさんの用意された資料は非常に興味深くわくわくするもので、この世にごまんと存在するお稲荷さんの中でも、形として残っていないにも関わらず、言葉や記憶、写真の中で少なくともこの人たちに愛されている「親の井稲荷」さんはなんとも不思議で、少なくとも私にとって随分と気になる存在になりました。
 
そして当然、普段過ごす街のお稲荷さんも今まで以上に存在感を増し、私の足を止めるようになられました。

地球ができてから突然に緑や人が湧いてきた場所なんてないのだから、どんな土地にも歴史はあって物語があるのですが、それを読み解くためにふと足を止めることのできる機会ってなかなかないものであって。たまたま井の頭で立ち止まれたことは、袖触れ合うも何かの縁。関われるところで、よろこんで関わってみたいと思います。

www.instagram.com


井の頭公園のお稲荷さんの会ブログ

http://inokasira-oinarisan.seesaa.net/archives/20170403-1.html